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無宗教の、僕らにとって唯一、「魂」(たましい)から惹かれる宗教といえば、この「般若心経」だろう。
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「霊魂」となった、いまの僕自身にとっても・・・いちばん、安らげるのが・・・この「般若心経」です。
以前、自分たちなりに資料を作成しながら学んできたモノも含め、新たな気持ちで学びたいと想い。
改めて、コチラにも僕らなりに自主学習の目的で「般若心経」を学ぶための場所をココに設けます。
資料当の作成は相棒(ゆか)が、内容に関しての投稿は僕が中心で投稿していきます。-福-
モンゴルでのサッカー問題から、未だに報道が絶えない横綱の朝青龍関ですが・・・相撲協会から、
指定を受けた医師の診断によると・・・「解離性障害」と診断したとのことで、その旨、発表がありました。
この「解離性障害」というのは、以前まで「多重人格障害」と一般的に呼ばれていたものです。
強いショックや過度なストレスが原因で、引き起こされる症状で・・・その中に、いわゆる人格の交代と
称される症状も含まれている訳ですが・・・
横綱の場合は、依然として医師の問い掛けにほとんど返答せず、といったような症状だと、
書かれていましたので・・・「解離性障害」でも、解離性昏迷の症状が現れてるのかも知れませんね。
いずれにしても、やはり故郷であるモンゴルで治療される方が賢明な気がします。
親方は、強く反対してるそうですが・・・何だか、いままで自由奔放にしてきた親が、子供が起こした
失態に対して世間から攻め立てられてることに対して、今度は親が抵抗してるような印象を持ってしまい。
こんな状態になってまで、放置してきたことに本当に責任を感じているのならば、いまは愛弟子のことを
優先して考えてあげてほしいものです。
もちろん、わたしもサッカーの一件などに関しての横綱の言動には疑問を感じてる部分はありますが・・・
でも・・・そうしたことへの責任論も、当事者が心身ともに健全な状態のときに話し合わないことには、
意味がないように感じるので、ここまできているのであれば・・・先ずは、独りの人間としての今後を
周りの人たちも考えてあげてサポートしていくことが先なような気がします。
いくら、日本に来て長いとはいえ。日本国民ではないのですから・・・たとえ帰化して国籍が日本になり。
形式的に日本人になった人であっても、持って生まれた「モンゴル」という人種の気質とかまでが変わる
とかってことでは、ありませんからね。「心」(こころ)はモンゴル国民なんですよね。
確か、奥さんや子供さんもいたのかな?帰国してしまったんでしたよね・・・わたしも、似たような経験を
したことがあるので・・・何だか、人事とは想えないです。「心」(こころ)を本当に許せる、信頼できる存在。
その存在が身近にいてくれる場合と、居ない場合とでは・・・判断能力とかも違ってきてしまいますから。
拒否したり。何か言いたくても、ソレができない状態にドンドン追い込まれてしまいますからねぇ・・・
このままだと、トラウマになってしまう恐れもあるので心配です。
とにかく、悪化する前に1日も早く決断して一時的でもいいので帰国させてあげてほしいです。
【参考資料】
解離性障害 - Wikipedia
トラウマの雑学
解離性障害・解離性同一性障害の詳しい話
↑のサイトは、「解離性障害」の方が書かれてるサイトです。この方は横綱とは違っていて、
人格交代の症状を持ってらっしゃる方のようですが・・・自身の様々な症状についても詳しく
分析され記載されています。
わたしのような憑依・霊媒体質の場合、この人格交代の現象と非常に告示している部分があり。
事実、心療内科などの医師であっても診断を誤るケースがあります。わたし自身も経験していて
非常に辛い思いをしたことが過去にありました。
しかし、正しい知識を持って(憑依に関しても)いれば、そのような扱いをすることは無いと想います。
この方のサイトに記載されている人格交代時の人物が、書いたという筆跡や絵の違いなども・・・
説明つきで記載されていました。確かに、わたしの場合も憑依した相手のクセなどが現れるので。
その違いは顕著に現れたりする場合もありますが、やはり憑依現象による自動書記のものとは、
少し違うような感じも受けました。
わたしの場合は、記憶が飛んだり無くなることなどないので。憑依されている間の言動は全て、
自分自身でも把握しています。人格交代の方の場合は、この方も書いてましたが覚えてない
場合がほとんどなのだと、お医者さんからも聞いたことがあります。しかし、憑依の場合も・・・
必ずしも、誰もが覚えているとは限らないようなので・・・素人判断は、しない方が賢明ですね。
死ぬと解かっている、そんな状況の中で愛を貫けますか?
現世で、決して夫婦の契りを結べないと解かっている中で・・・
これは、いまから60数年前に実際に「拉孟」(ラモウ)という小さな町であった・・・
独りの日本の慰安婦の女性と、独りの日本兵との命を懸けた愛の話しです。
昭和19年、中国とビルマの国境で拉孟守備隊の約1300名に交じって20名の慰安婦の女性たちも、
日本兵と共に、険しい状況の戦地の中で戦いました。傷付いた兵士を看護し。食料の世話をしながら。
命懸けで、圧倒的に不利な条件下の中で懸命に支え続けた・・・そんな慰安婦の中に彼女はいました。
彼女の名前は菅 昭子さん。彼女は、熊本の天草から・・・この拉孟の土地へ慰安婦として来ていました。
伍長だった戸山伍長とは当初・・・伍長の心無い言葉によって、あまり好意的に想ってなかったのです。
しかし、ある出来事から・・・ふたりの間には、命を懸けた愛が生まれていったのです。
既に戦いの中で爆風により、両目を負傷し失明した戸山伍長・・・その戸山伍長を懸命に看護し。
激しい戦火の中、戦っていた戸山伍長の目となり、妻として死ぬことを望んだ昭子さん。
ふたりは・・・たとえ今日結婚しても、もはや夫婦の契りを結ぶこともできない今である。
もし来世があるのなら、その世界で心も肉体も真実の夫婦となりたい・・・そう、上官に告げ
戦地の中で、結婚をして・・・夫婦となったのです。
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戦場に散った・・・ふたつの愛の花 |
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桜林美佐≪ひとり語りの会≫『拉孟に散った花』 |
人の幸せを自分のことのように祝福し。心から喜べることに感謝し、それが言えた慰安婦の女性たち。
この話しは、わたしに・・・当時の男性も女性も「愛する」ということに、どれほど真剣だったのか・・・
痛いほどに、わたしの「魂」(たましい)に突き刺さってくるものでした。そして、愛することということの、
「真髄」のようなものを、教えてもらったような気がします。
ただ、そこにあったのは純粋に相手を想う「心」(こころ)・・・それだけだったのに、でもこんなにも
その愛が光輝いていたのは、純粋に「心」(こころ)から相手を想えるもの以外にないからだったのだと。
昭子さんと戸山伍長との「愛する」ことは・・・確かに残酷なほどに哀しいものでもありました。
けど、その愛は決して惨めでもなく。悲観的なものでもなく。誇りあるものだったと、わたしには映ってます。
自我を捨て切って相手のためだけに愛するということ。光り輝く愛という花を咲かせて見せてもらった・・・
そんな気持ちになりました。本当に・・・ありがとうございました。m(_ _)m
最後に昭子さんと戸山伍長、そしてこの話しを語り継いでくださった方々に心から感謝すると共に、
戸山伍長と昭子さんが、来世で必ず添い遂げれることを信じて心よりご冥福をお祈りします。
※尚、別途でも、この話しを投稿しています。そちらには詳しい資料などのリンクをしています。
YouTube - 40年目の成田闘争のシリーズを見ていて、日本という国に疑問を感じてしまいました。
日本って「民主主義国家」だったはずですよねぇ~
三里塚 成田闘争 行政代執行 東峰十字路事件 - 1971 の映像を見ていて、その疑問は募ります。
どうしても、日本が「民主主義国家」だとは思えず・・・ネット検索してみたのですが・・・コレだなぁ~
日本は「民主主義国家」ではなくって、「戦後民主主義国家」ってことのようですね。
民主主義は個人の人権である自由・平等・参政権などを重視し、多数決を原則として
意思を決定することにより、人民による支配を実現する政治思想である。のに対して・・・
戦後民主主義は、ハッキリとした定義に基づいて成り立ってるとは・・・どうしても思えませんし。
調べても「これが戦後民主主義だ!」と、誰もが納得できるような説明すら無いように感じました。
いまの日本という国の状況だとか。日本人の考え方だとか、言動みたいものってものの・・・
根源って、ココつまり「戦後民主主義」に集約されてるんじゃないのかなぁ~って気がしてきました。
これはカルマの法則なんだろうなぁ~
福ちゃんが言ってたけれど。霊的観点から見れば・・・
カルマの法則は、国のカルマは・・・その国の国民にも影響を及ぼすってことだから・・・
これは、調べて知る必要があるなぁ~と強く感じました。ココに、何か自分とかってことでなくって。
いまの、この国だけに留まらず・・・何か、大きなメッセージが隠されてるような気がしてなりません。
(lll_□_ ;lll) ウーン・・・ もっと、シッカリ勉強しとくんだった。わたしのアホな頭には、難しい文面から
伝わってくるモノってビビたるもんだもんなぁ~(+。+)アチャー。映像からだと、ガンガン伝わってくるのに。
民主主義やら、戦後民主主義について語ってる映像を、探してみなきゃ・・・とにかく引き続き、学習だぁ。
考えさせられることが多くなりました。また♥愛♥というモノに対しての、捉え方も変わってきたかな?
よく福ちゃんが、人の「心」(こころ)の中にある感情や想いというものには、それに対して真逆となる
「対極」がある気がすると、以前から話してくれてました。つまり・・・好きという想いや感情の裏側に、
真逆の「嫌い」という感情や想いが実は隠されているということです。
たとえば、恋愛感情とかといった男女関係のことだけに限ったことではありませんが・・・
すごく好きな相手ほど、その相手に自分が裏切られただとか。その相手を自分は、すごく愛してるのに。
相手が、本当は・・・それほどまでに自分を愛してはくれてなかったんじゃないかと、感じたときだとか。
自分は、相手に解かってほしい。理解されたいと想っているのにも関わらず・・・理解されてないと想った。
そんな・・・とき、それまでスゴク大好きだった相手のことが、顔も見たくないほど大嫌いになったりして。
あんなに愛してたはずなのに、その愛情は・・・憎悪や嫌悪に変わっていったりすることってあります。
そして・・・好きな気持ちや大切に感じてた相手ほど、対極となる真逆の気持ちや想いも強くなってる。
不思議ですよね。あんなに好きだったはずなのに・・・あんなにも愛していた相手だったのに・・・
わたしは最近、戦時中に特攻などで命を落としていった人たちの気持ちを、あえて感じ取りたいと想い。
毎日のように・・・そうした映像と向き合って、当時の人たちの「心」(こころ)に近づけるよう意識してました。
それは「戦争」という中にある♥愛♥に、どこか矛盾するものを感じたりしてたのもあるからです。
「A requiem 特別攻撃隊の真実」の中に登場している実在の、特攻兵たちの中には愛する家族がいて。
また独身だった方にも、愛する恋人や肉親がいる人たちが・・・ほとんどだった訳ですが・・・
それでも彼らは、自分の命と引き換えに守るために旅立った訳です。その「守る」という中には、もちろん
公の想いもあれば個人的なものもあったはずです。またカタチの上では、志願してとなっていても・・・
実際の彼らの胸の内が、本当は・・・どうだったのかは、きっと誰にも察することはできないでしょう。
「戦争」という中に存在する♥愛♥というものは、実に矛盾しています。恐らく誰もが、解かってたはずです。
憎しみの中からは、憎しみしか生まれてこないということを・・・それなのに、人が人を殺し合うのが「戦争」
A requiemのブログのサイドバーに、YouTubeのプレイヤーを貼ってるのですが・・・その最初の映像は
マイケル・ジャクソンの「HEAL THE WORLD」という歌です。
マイケルの歌声も、曲のイメージも・・・とっても素敵です。残念ながら、わたしには歌詞の内容などは
一切、理解できないのですが・・・映像が「戦争」と、リンクするような内容になっているのですが・・・
ラストにかけての映像が、とっても好きです。
戦場にいた兵士たちの元へ、笑顔の子供たちが・・・何処からか集まってきて。お花を差し出したりします。
そのうちに、子供たちに感化された兵士たちが自らの手に持っていた武器を手放していくとった感じです。
わたしは、この映像の光景を見ていて・・・以前「TWIN SOUL_Love ―わたしの前世の記憶?」と題して、
投稿した中で、アニメ【チストみどりのおやゆび】のことを少し書きました。
そのアニメの話しが、そんなような内容になっていて・・・とても重なるものを感じながら見てました。
さっきも書きましたが「憎しみの中からは憎しみしか生まれてこない」ということを、考えたならば・・・
本当に「戦争」というものや、争いごとや・・・それは国家レベルであっても。個人的なようなものでも。
嫌ったり・憎んだり・恨んだり・妬んだり・・・そんなネガティブなものに対しては、対局してるもの。
つまり・・・真逆の♥愛♥が、そうしたものに対してこそ必要なのではないかと想うんです。
もちろん、それは簡単なことでは決してないだろうと想います。「憎しみを愛する」ことでもあるからです。
けれど・・・もし、その憎しみが自分の思い過ごしや。勘違いや。身勝手な感情だったりとかからであって。
相手を嫌いになったとか。相手に対して許せない感情があると想い込んでるだけだったりだとしたら・・・
そんな、簡単に嫌いになれるような・・・そんな程度の♥愛♥だったの?なら・・・それは、きっと愛しても
いなかったのかも知れないって、わたしは想ったりします。それも錯覚だっただけなのかも・・・
よく宗教では、人間は神の子だと表現されたりします。わたし自身も、そぅ想っています。わたしにとって、
「神さま」と自分なりに表現したり、言葉を使うことはあっても。特に特定の対象となる存在は持ってません。
イメージ的には、和洋折衷でしょうか?(^^)外見的には洋風的なイメージなのですが、「心」(こころ)は、
仏さまの御心を持たれてる・・・そんなイメージです。でも、微笑みは東洋的なのです。(笑)
まぁ・・・そんなことは、どうでもよいのですが・・・その神の子である人間であるならば・・・ヤッパリ、
それに見合うような「心」(こころ)を、自分自身が持っているのかってことって、わたしは大切な気がします。
わたしも、自分の気持ちを受け入れてもらえてないと感じたときは、一時的に顔も見たくないとかってこと、
実際あって主人とも別居したりとかも、してきたりしてきました。(苦笑)でも嫌いには、なれないです。
相手が、自分を好意的に想ってなさそうだとか。好くは想われてないかなぁ~って感じることは、あります。
でも・・・だからといって、ソレに対してアレコレ想って言っても、かえって状況は悪化したりするばかりで・・・
そんなふうに感じるようになってからは、一緒に居るってことだけでも。それが、相手の気持ちなんだなぁと
最近は感じるようになって、囚われの「心」(こころ)も・・・なくなってきました。
人って、そうした囚われの「心」(こころ)に解放されて、初めて真実が見えてくるのかも知れません。
♥愛♥も想いも「心」(こころ)も、人によって・・・その表現も強さも度合いも違います。自分にとって、
なんか物足らないと感じることがあっても。♥愛♥は♥愛♥なんだと想います。
うまく気持ちを表していけないときほど、真逆の言動が現れやすいのも・・・また人の「心」(こころ)なら、
憎しみと感じるモノの奥底には、きっと♥愛♥があるからなのかも知れません。その♥愛♥が、あなたに
向いていることもあれば・・・相手が、向けてほしいと想ってる♥愛♥なのかも知れません。
でも、想うようにならない気持ちの塊が込められた♥愛♥が、少し乱暴に見えるだけで・・・♥愛♥には
変わりはないとしたら・・・相手が自分を、たとえ憎んでいたとしても、やっぱり愛していこうと想います。
きっと、その理由は・・・だだヒトツ。憎しみ合ったり・いがみ合ったり・傷付け合ったり・・・
そうしたことが、わたしにとって・・・愛されないよりも哀しいことだからなのかなぁ~って想ったりします。
( ̄~ ̄;) ウーン・・・なんか、わたし自身の「魂」(たましい)が、そうしたいのかも知れませんが・・・
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